デヴィ夫人のニュースから、怒りについて考える

昨日、今日とデヴィ夫人のニュースが話題になっています。
あまり興味がない人だと、そもそもデヴィ夫人が何者か分からない人もいるかもしれません。

デヴィ・スカルノ(Dewi Sukarno、1940年(昭和15年)2月6日 – )は、日本生まれでインドネシア国籍のタレント。インドネシアのスカルノ元大統領第3夫人。(Wikipediaより引用)

つまり元インドネシア大統領夫人だったわけです。
しかし、最近のバラエティ番組でしかその姿を見たことがない人は、知らないかもしれませんね。

事件の概要

成城署によると、女性は9日、東京都世田谷区のスタジオでTBSのバラエティー番組「奥様はモンスター2」の収録中に、デヴィさんから3回平手打ちされたという。(SANSPO.COM

一般女性に挑発されたデヴィ夫人が、その挑発にのり、平手打ち(簡単に言えばビンタでしょうか)をし、その女性が被害届を出したため、ここまで大きなニュースになったようです。

もちろん暴力はいけません。
けれども、そこまで挑発した上で、訴えるというのもいかがなものなのでしょうか。

テレビの風潮

昔からの風潮なのでしょうが、テレビではいかにもキレそうな人物をわざと怒らせて、それをみんなで笑うというシステムがあります。
そもそもこの人が怒っている姿を見て笑うということ自体おかしなことです。

この風潮はテレビに限ったことではなく、ネットの世界でもよく見られます。
相手が怒るようなことをさんざん言った上で、相手が本当に怒ると「そんなにむきになんなよ」と、さぞ怒った方が悪いみたいな言い方をされることがあります。

また、もっと身近なところだと学校などでもこういう光景は見られます。
最近では先生を挑発する生徒も少なくなく、それこそ「怒ったら負け」という状況が出来ています。

自分が怒りを感じたから、それを表に出す。
別にこれは人間としておかしなことではないでしょう。

それなのに感情をむき出しにするような人は、冷めた目で見られることが多いです。

もちろん過度に怒りすぎるのもどうかと思いますが、ある程度自分の感情は外に出して当然ではないでしょうか。
怒りたかったら怒ればいいし、泣きたかったら泣けばいいでしょう。

すべての感情を抑え込んで、涼しい顔をすることにそんなに価値があるのでしょうか。

怒ることの必要性

目の前で怒りを感じるようなことがあっても、それをすぐに表に出す人は少ないかもしれません。
しかし、怒りを感じたのは事実なわけで、そのはけ口としてネット(最近ではTwitterなどでしょうか)を利用するわけです。
このため込んで、ネットにぶちまけるというやり方が健全だとは思えません。

怒りを感じたならば、その場で出すべきです。
そうすればその場はカッとなるかもしれませんが、後まで持ち越すことはありません。
また、相手にもその感情が伝わります。

最近では、この怒るという行為がどんどんタブー化している傾向があり、実の親であっても子供をほとんど怒らないということも出てきています。そんな調子できちんとマナーや礼儀が身につくわけがありません。

怒るべき時には、怒る。
叱るべき時には、叱る。

そういう当たり前のことが、当たり前になればいいですね。

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