[短編] her story

「先輩ちょっと聞いてます?」

突如強い口調で話しかけられ、我に返る。
退屈な話に、ついついボーッとしてしまい、相づちを忘れていたようだ。
目の前に座る後輩がいぶかしむように僕を見つめている。

「うん。聞いてる」
「どこまで話しましたっけ?」
「えーと」
言葉に詰まる。

「聞いてたんですよね」
口調がさらに強くなる。

「うん。ほんとヒドイ彼氏だよね」
「そう! そうなんですよ。わたしが部活で怪我をしたっていうのに何の連絡もこないんですよ。普通メールなり、LINEなりで連絡くれません? もしかして、わたしのことそんなに大事じゃないのかな。いや、そんなことないですよね。きっと大切に思ってくれてるはずです。何といってもあっちから告白してきたんですから」
「うん」

スマホを見ると、かれこれ40分は経っているようだ。
退屈な話によって僕の貴重な時間がどんどん奪われ続けている。
しかし、彼女は攻撃の手を休ませようとはしない。
手というより、口か。

「先輩どう思います? 彼、わたしのこと大事じゃないんでしょうか」
「どうだろうね」
「どっちだと思います?」
「大事に思ってるんじゃない?」
彼女の表情がパッと明るくなった。

「ですよね! わたしもそう思ってるんですけど、やっぱりちょっと不安になるじゃないですか。こまめに連絡くれるとか、割と当たり前のことだと思いますし」
「うん」

それにしても、よくしゃべるしゃべる。
こんなにしゃべっていて疲れないのだろうか。
聞いている方がよほど疲れるのは間違いない。

「実はわたし、他の男子からも声かけられてるんですよ」
「へー」
「正直、そっちの子はあんまり顔がタイプじゃないんですよね。尽くしてくれそうだなとは思うんですけど。やっぱビジュアルも大事じゃないですか」
「そうだね」
「別な男子からも声かけられてるって言ってやれば、彼もわたしのこともっと気にしてくれますかね? 嫉妬しちゃうかな。まー、少しくらいなら嫉妬されてもいいかなって。どうですかね。言った方がいいですかね?」
「うーん、どうだろ」

僕は頭をかいた。
彼女は僕の答えを待ち続ける。

「言わない方がいいんじゃない?」
「ですかねぇ。ちょっと最近、彼がわたしに素っ気がない気もするんですよ。いろいろ話しても反応がよくないっていうか。真剣に話を聞いてくれないっていうか」
「そうなんだ?」
「そうなんです!」

神妙な表情で彼女が黙り込む。
ようやく訪れたインターバルだ。

「わたし、彼のこと好きですけど、やっぱり大切にしてくれないと嫌なんですよね。自分だけを見てくれるような。一途? そういう感じじゃないとイヤかも。愛するよりも愛されたい、みたいな?」
「うん」
「わたしがモテるってことが分かれば彼も接し方が変わるかもしれないじゃないですか。大事にしないと自分が振られるかもしれないわけですし」
「あー」

改めて僕は彼女のことを見る。
率直に言うと、美人ではない。

『美人っていうより、かわいい』
という言葉があるが、それにも当てはまらない。

ぶっちゃけ5段階で言えば、2くらいだと思う。
性格も決していいとは思えない。
話を聞いてる限り。

なんでモテるんだろ?

「実は今声かけてきてる子って、何年か前にも告ってきたんですよね。そんときはっきり言ってやったのに、やっぱり諦められないみたいで。実際何回か告られてるんですよ」
蓼食う虫も好き好きとはよく言ったものだ。

「ん? 何か言いました?」
「いや」
「そういう人がいるってことを分からせた方がいいって気もするんですよ。じゃないと油断しすぎというか。いつまでもお前のものじゃないんだぞ、というか」
「うん」

そうして再び彼女の攻撃が始まった。
結局、僕が解放されたのは攻撃開始から87分後のことだった。


数日後、学校から帰る途中、僕は彼女を見つけた。

てっきり彼氏といるのかと思ったら、彼女は1人だった。
変に刺激しない方がいいと思って、僕は彼女に見つからないようにその場を立ち去った。


「先輩、もしかして昨日、わたしのこと見ました?」
「え?」
「放課後?」
「ああ。見たかも」
なんだ、気づいてたのか。

「実は彼を待ってたんですけど、先に帰っちゃったみたいなんですよね。ムカつくことに。あとからゴメンって連絡あったんですけど。もちろんわたしは心広いんで、許しましたよ」
「へー」
精神的にやられているだろう彼に同情した。

「そういえばあの後、例の彼が待ち伏せしてたんです」
「例の彼?」
「前に告ったことがある男子がいるって言ったじゃないですか。覚えてないんですか? 先輩、ちゃんと人の話聞いてます」
「ああ。言ってたね」
「どうやらずっと待ってたみたいで、1人で帰るんなら一緒に帰らないって言われたんですよ」
「へー、で、どうしたの?」
「わたしも迷いましたよ。でも、別に一緒に帰るくらいなら構わないかと思って。それくらいならいいですよね?」
「うーん、どうなんだろ」
「何かしたわけじゃないからいいですよね。うん。そもそも彼が先に帰っちゃうのが悪いわけだし。わたしは悪くない」
「うーん」
「彼がわたしにちゃんと連絡くれれば、何の問題もないんですよ。すれ違うこともないわけですし。そういう意味では彼が悪いとも言えるんですよ。わたしは悪くないと思いません?」
「うーん」
本音は彼の味方をしたい。
でも、そんなことはもちろん言えない。
火に油を注ぐだけだ。
君子危うきに近寄らず。

「やっぱ彼はわたしのこと大事に思ってないんですかね。尽くしてくれる人の方がいいのかな。でもなぁ、顔がなぁ」
その言葉に反応して、思わず彼女の顔を見てしまった。
顔が、ね。

「顔もタイプで尽くしてくれる人が最高なんですけどね。どこかにいないかな、そういう人。もし、そういう人が現れたら、たぶんわたし、そっちに乗りかえちゃいますよ」
彼氏くん、朗報だ。
君は解放される可能性がある。


「先輩、聞いてます?」
「ん? ああ」
「ホントっすか? まあ、いいや。先輩だったら、この中で誰が好みっすか?」

後輩の男子がグラビア雑誌のアイドルが並んだページを僕に向けてくる。
正直、アイドルに興味がない僕は、1人も名前が分からない。
みんな似たような顔だなという感想しかなかったが、適当に1人を指さした。

「なるほどねぇ。先輩こういうのタイプっすか」
「まあね」
「この子、人気ありますもんね。確かにかわいいっすよね」
再びグラビア雑誌に夢中になっている彼に、気になっていたことを1つ聞いてみることにした。

「そういえばさ」
「ん? なんすか」
「お前と同じクラスのA子いるじゃん」
「ああ、いますよ」
「あの子ってモテるの?」
「モテるわけないじゃないっすか。あのビジュアルっすよ。先輩実はああいうのが好みなんすか? マニアックすねぇ」
後輩が好奇の目を向けてくる。

「いや、そういうわけじゃないんだ。んーとさ、あの子の彼氏ってどんな人?」
「彼氏? あいつに彼氏なんていなっすよ」
「え?」

もう別れたのかな。
あの性格だし。

「たぶんあいつに彼氏がいたことなんてないっすよ。おれ、小学生のころから一緒ですけど、そんな話聞いたことないっす。つうか、あの顔でモテるわけないっしょ」
一瞬、背中が冷たくなる。

「昔あいつに告った男子いるんじゃないの?」
「いないっすよ、そんなやつ。おれがいた学校、生徒数も少ないんで、つきあってたりすれば一発でバレますよ。誰が誰に告ったなんて、すぐに流れてきますし。おれ意外と情報通なんで、そういう話は全部把握してるつもりです」

どういうことだ。

「なんなんすか、先輩。やっぱあいつのこと狙ってるんですか? あんまおすすめしないっすよ、あれ」
ニヤニヤしながら僕のことを見ていた後輩の表情がだんだんと曇っていく。
「どうしたんすか、先輩。なんか顔色悪いっすよ」

そりゃそうだ。
ここ3か月、僕は彼女にのろけ話を聞かされている。
あれは一体なんなんだったんだ?

「悪い、僕もう帰るよ」

彼とプリクラ撮りにいったら紙がエラーで出てこなかった話。
記念日に彼に連絡するのを忘れていて、すねられた話。
ソフトクリーム食べてたら、彼が半分以上落としてしまった話。
彼女に告白してきて、待ち伏せしていた男子の話。
誕生日にもらったへんてこなうさぎのぬいぐるみの話。

次から次へと今まで聞かされたエピソードが頭に浮かぶ。

なんだったんだ、あの話は?

「せんぱーい」

背中から馴染みのある女子の声に呼び止められる。
僕は振り返ることができない。
変な汗が背中ににじむ。
ただ立ち尽くすだけ。

「よかった。先輩。ちょっと聞いてくださいよ、また彼のことなんですけど……」
彼女はいつものように話し出した。
僕は相づちをうつことすらできない。
恐ろしく彼女の顔も見られない。

彼女は一体、何の話をしているんだ?

end

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