選挙カー不要論

タイトルの通りなのですが、

選挙カーって必要でしょうか?

朝から晩まで、大きな声で名前を連呼されることに不快感を覚える人は少なくないはずです。
人によっては夜中働いて、昼間に睡眠をとっている人もいるでしょう。
そんな人を起こしてまでやることなのでしょうか。

選挙カーの目的

選挙カーの第一の目的は何といっても候補者の名前を覚えてもらうことでしょう。
人間の記憶というのは、反復によって定着するため、何度も同じ名前を連呼すれば確かに名前を覚えてもらうことができます。

しかし、そのようにして名前を覚えさせて投票してもらうというのは、本来の選挙の目的からずれてしまっているのではないでしょうか。

議員を選出する際は、その人となりや政策などに賛同して、投票するものでしょう。

わざわざ投票所まで出向いて投票する人は、当然誰に投票するかを決めて行くはずです。
そこで「何となくこの名前聞いたことがあるな」と投票する人が果たしてどのくらいいるのでしょうか。

コストの問題

選挙カーを走らせるには、それ相応の人員とコストが必要になります。
そのための車、運転手、アナウンス、サポートなどなど、それなりの金額がかかります。

果たして、そこまでお金をかけてまですることなのでしょうか。

選挙運動について

私は選挙を否定しているわけではありませんし、選挙運動を否定しているわけでもありません。

たとえば街頭で演説をすれば、その人の主義主張を聴衆に伝えることができます。
そういうことは、どんどんやっていくべきでしょう。

また、インターネットなどを用いて、意見を言うのも有効な手段です。

このような活動は、特に選挙に対して興味関心が高い人に価値があることです。
それらの意見を聞いて、「この人に投票しよう」と思うのは、実に健全なことです。

慣習の見直し

選挙に出るからには、選挙カーを走らせなければならない。

こんな規則があるのでしょうか。
それにしては、立候補者に対して、選挙カーの数が少ないような気もします。

また、候補者同士がすれ違う際に、相手の健闘を祈るのも実に日本人らしく、あまり良い感じがしません。
そして、相手の健闘を祈っているというメッセージを、なぜ我々が聞かされなければならないのでしょう。
しかも、わざわざ拡声器を通して。

「選挙カーは絶対必要!」
と考えている人は、果たして立候補者とその関係者以外にいるのでしょうか。

 

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