[書評] うたがいの神様

常識が本当に正しいのかどうか再確認

テレビでよく見かける千原ジュニアのエッセイ本です。
普段当たり前に思っていることを、もう一度疑ってみようということで、このようなタイトルになっています。

文体は、関西弁の口語体で、読んでいると自然に頭の中に声が浮かんできます。
いかにも、ジュニアらしい視点で「本当にそれでいいのか?」ということが、1話につき3ページほどの文量で書かれています。

わたしが特に印象深かったのは、その⑱にある、以下の文です。

「芸もないやつがよくもテレビに出やがって」というようなことを言う人がよくいますけど、芸がないからテレビに出てんねんって思います。芸があったらテレビなんて出なくていいんですから。

これはとても新鮮でした。
確かにネットの意見でも、「あいつは芸がないくせに、テレビにいっぱい出ていてむかつく」といった内容の意見を見かけます。

テレビ至上主義

これはそもそも「テレビ至上主義」に基づいた考え方です。
テレビというのは、さまざまな技術や能力を持った人が出る番組で、大した力もないやつは出てはならない。
そのような考え方があるのでしょう。

しかし、本当にテレビというのは、そういうものなのでしょうか。

別にテレビ以外でも活躍できる場所というのは、いろいろあります。
お笑いならば、観客の前でネタを披露できる舞台やライブなども、大きな活躍の場所でしょう。
けれども、どうも「舞台でお笑いをやっているやつより、テレビに出ている方がえらい(または、すごい)」といった考えが根付いているように思えます。

以前わたしも「お笑いについて」という記事の中で、お笑い芸人のあり方について考えてみました。
ネタが素晴らしくても、テレビに出られるとは限らないといった内容です。

これもよくよく考えてみれば、別にテレビに必ずしも出なくてもいいんじゃないの?
という考え方もできます。

たとえば、テレビに全然出ないお笑い芸人として、「ラーメンズ」が挙げられます。
以前は多少出ていましたが、最近はまったく見ません。
そのため、お笑い好きの若い人だと知らない人も多いでしょう。

別に彼らは解散したわけではなく、さまざまなシーンで活動しています。

自分がやりたいことだけやりたい。そのためには舞台が1番。評価もすぐわかる。そこがいい(Wikipedia:ラーメンズ

確かにこういう考えもあるでしょう。

テレビは見世物小屋

また、文の中で筆者はテレビは見世物小屋だと言います。
別にテレビに出ている人が庶民の代表ではないとも。

昔に比べて、テレビの影響力は小さくなってきていると言われていますが、それでもまだまだ大きな存在です。
そのため、どうしてもテレビを重視した考え方というのが染みついてしまっています。

わたしもこの本をきっかけとして、テレビ至上主義についてうたがうことができました。

 

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